2018年07月11日

災害時対応と予防線について


 
 ※このノートは2016年4月に起きた熊本県熊本地方地震を受けて書いたものに加筆したものである。

 2018年7月、西日本の広い範囲で激甚災害に指定された豪雨による災害があった。2011年3月の東日本大震災からそうだったが、現地の人のツイッター、ブログはリアルタイムに情報を伝えてくれる。メディアの報道だけではつかめない全体像を想像させてくれる。
 



■災害時の現場での注意事項

●支援救援する側のあり方について
・災害時支援は現場の「こうしてほしい」という要請に対応すること。
・思い込みで善意の押し付けをしない。
・被災者を勇気づけること。被災者に同調して不安にならない。悲しい顔をしない。収束のゴールだけを見て寄り添うこと。


●被災者、支援者双方にいえること
・災害救助は訓練を受けたプロの仕事。現場のプロが指揮を執る。被災者も支援者もプロの指示に従い、プロの邪魔をしないこと。
・身の安全を第一にする。
・デマに踊らされない。情報のソースはしつこいくらいに確認する。
・単独行動をしない。必ず集団で行動する。
・最悪の事態を常に想定して動くこと。
・暴漢対策を万全にする。




■twitter,facebookなどの自粛について

 大災害時は一般の人でも今はバカなことを言っている場合じゃないと思うかもしれない。しかし、自分のことを励みにしてくれる人がひとりでもいるのなら自粛などしてはいけない。ただし前述したように、

 被災者と一緒に不安にならない、不安にさせない

 のが鉄則だ。

 係る状況では被災者は誰に何をどう励まされても偽善にしか聞こえないかもしれない。同じ状況にない者にはその辛さはわからないのだから。

 埒外の人は、身近な人を亡くした人がいるかもしれない人達に対して直接的にガンバレ!と励ますのはさすがに気が引けるだろう。

ならば、

 ・正確な情報の発信
 ・災害時に役に立つ話
 ・元気でいる姿を見せる
 ・元気な声を聞かせる
 ・ユーモアで笑わせる
 ・犬、猫、ハムスター、小鳥、カピバラなどの動物マジックでほっこりさせる


 つまり不安を少しでも解消できる話、忘れさせる話をする。これなら誰だってできる。

 過酷な状況で精神的にも身体的にも疲れてる被災者にこそ娯楽が必要であるし、好きな人が元気だったら単純に嬉しいものだろう?

 ただし、「わたしはあなたを心配している」ということが先に被災者に伝わっていないと心を閉ざされてしまうかもしれない。先に「心配だけどわたしはあなたを信じてる。あなたなら大丈夫」という応援する気持ちが伝わっていれば、有名人のテレビやツイッターもファンには癒しになるのではないか。「ああ、励ましてくれているのかな・・・気にかけてくれてるなんてなんて善い人なんだ・・・頑張ろう」と、気持ちを切り替える、気持ちに火をつける燃料になるのではないか。

 その意味ではスポーツの方がその役目に適任かもしれない。野球、サッカー、プロレス・・・スポーツ観戦が好きな人は何に心が動かされているかといえば、選手の「勝利への本気」なのではないだろうか?無気力だったら応援したいなんて誰も思わないだろう。その前に無気力だったら怪我をしかねないし、熱くなりすぎても怪我をする、させてしまう訳だから、選手は常に同時に冷静でもなければならないはずだ。そもそもスポーツはフェアプレー精神にのっとってルールの中で勝負を決めるわけだから、状況判断と実力発揮のためにも冷静さは必要である。

 つまり勝利のために冷静に本気で戦う人間の姿は辛い現状に耐える勇気、乗り越える勇気を必要としている人を鼓舞するのではないだろうか。もちろんその気力が残っている人に限られるが。


 

■ナレッジマネジメントで大災害に強い社会をつくるための社会計画

 地震国の日本で災害が頻回に起こるのは当たり前なのだから、起こった時にダメージを最小にするためのリスクヘッジができていて当然ではないのか。

 災害の記憶をいまに伝える日本全国「あぶない地名」

 土地の記憶、災害の記憶は覚えている人がいなくなれば忘れ去れてしまうものだ。記録文書も災害が起これば燃えてしまったり、水浸しになってしまうこともある。そこで昔の人は地名に記憶を残した。ここはこうこうこういうことが起きやすいという警告を子孫にするために。その警告に従うのなら災害を予見してその影響を最小限にする対策が立てられる。=リスクヘッジ

 災害の予兆を関知した時、いざ災害が起こった時に最悪の事態、次に起こることに予測を働かせながら生き残るための行動ができる。=成功度の高いフィードフォワード制御

 縁起が悪くて不動産が売れない、観光客が来ないからと経済優先で地名を変えて、郷土史も遺失してしまったら、つまり地域が継承しているナレッジ(事実、経験、成功事例、失敗事例から抽出された有益で体系的な情報)の共有がなかったなら、住民は災害への予測が全くできない。

 起こった災害に対する各人の予測と判断でのその場しのぎの制御しかできない。=成功度の低いフィードバック制御


 まず基本中の基本として以上のことを理解しなければならない。病気の予防と治療もそうであるように、ナレッジマネジメントはFact(事実)に基づいて正しく推論されたもの、エビデンスがあるから一定の成果を上げることができるのだ。

 ところが災害の対策、罹災対応、避難のあり方はナレッジマネージメントが全く機能してない。何故、避難者はいつも空調のない、寒暖を制御できない体育館で雑魚寝してプライバシーゼロの暮らしを強いられなければならないのか。

 我慢は美徳ではない。もし私が権力のある政治家ならば以下の項目をすぐに実現するだろう。



●大災害の被災者は影響のない他県の避難所に移送

 水、食料、人的支援救援が現場に移動するのではなく、まずは被災者を保護できる他県の避難所に移送するやり方に転換する。

 × 水、食料、人的支援救援→被災地
 ○ 被災者→支援体制の整った安全な土地の避難所

 確度の高い予測ができる時、あるいは余震か本震かわからない大きな地震、たとえば震度5強が来た時は住民に自衛隊駐屯地か近くの飛行場に避難するよう促す。無理なら自衛隊の大型輸送ヘリを適宜出す。

 現地に留まるのはどう考えても怖いし危ない。被災者にしたら水も食料も安全も担保された場所に移動できたほうが安心に決まってる。それは高齢者、乳幼児のいる家庭、病人や被介護者なら尚更だろう。

 影響のない他県なら非常水、非常食以外の通常の食料を自分で即確保することもできる。

 地震や津波においては、その場に居続けることが不安をもたらしているのは明白である。災害の心へのダメージはその瞬間の一撃に留まらないのだ。二次被災を無くすためにも収束するまでの間、現地住民を別の土地に移動させるのが得策だと思う。

 

●仮設住宅ではなく、いきなり住宅供給
 
 第一段階は他県の学校やスタジアムといった臨時避難所へ。第二段階は、ホテルや保養所での無償宿泊。第三段階では公営住宅の空き室を臨時住宅として無償提供。および民間を買い上げ&借り上げて臨時住宅として無償提供。



●杉材のプラモデル住宅の開発

 一棟組み立て要1時間以内。トレーラー、船舶、貨物列車、大型ヘリで運べる組み立て式コンテナー型の実用十分住宅を開発する。

 災害時はスタジアムや学校校庭などに即設置。

 レクリエーションビークルや、トレーラーハウス型でもいいだろう。完成体なら即日納品できるし、道路が使える範囲なら移動も容易だ。

 材料には杉材を用いることでスギ花粉症の元である杉林を減らす。



●災害時疑似体験宿泊施設の開発

 災害時をリアルに体験できる宿泊施設を各都道府県の過疎地に開発する。運営は公営でも民営でもよいが、これは災害時と避難生活を仮想体験できると共に、本当の災害時には本物の避難所になるものだ。

 林間学校を改造してもいい。義務教育の郊外学習として年一回でもカリキュラムを組み入れて、児童を教育できれば、実際の場面でも活躍してくれるだろう。



●プロペラなし垂直離着陸飛行機および車輪なし浮走車、浮走バイクの開発

 道路が使用不可になれば車輪による乗り物では移動が困難になる。こういう場面ではヘリコプターが活躍するが、ヘリは風が強すぎる。なのでプロペラではない移動手段がほしい。音もなく風も起こさず空を移動できるUFOのような乗り物があれば、ちょっとした空き地さえあれば比較的安全に離着陸ができるだろう。自家用車型やバイク型なら、地震や津波でも回避と避難が可能だ。



●社会福祉の普遍主義化

 ベーシックインカムの導入により、年金、生活保護、介護保険、障害者福祉制度、保育支援、失業保険の垣根を無くし、一本化し効率化。財源は、それにより浮いた諸経費、10%の消費税、高額所得者の所得税、税金の無駄遣いの洗い出し、マイナンバーなどの無駄で無益な事業等の廃止、AI導入による人員削減により捻出。

 難病、障害、介護、保育などは無論、個別支援を維持する。支援内容については従来通り継続するが、一人につき月額16万(家賃補助込み)なら16万円、年齢、病気、障害、介護に関係なくベッシックインカムとして一律支給する。足りない人は自己申請。支給は審査で決定。

 加えて一般家庭の電気ガス水道電話ネットを無料化、医療、介護、教育も無料、小学校、中学校に食堂をつくり一般市民に無料で開放。銭湯も無料化。

 
 災害によって生計者を亡くしたり、あるいは失職したりすればその時点で生活が立ち行かなくなってしまう者も出てくる。生活苦、病気、介護を理由とした悲しいニュースがあると、「生活保護を受ければ良かったのに」、「介護サービスを受ければ良かったのに」という人がいるが、門前払いされるケースもある。また「人に迷惑をかけたくない」という想いから助けを求めない人もいる。そうした人達も平等主義のベーシックインカムがあれば誰に負い目を感じる必要もなくなる。誰であれ困窮に落ち入りにくくなる。もちろん、災害の時でも心強いはずだ。いつでも先立つものがあるのだから。(寸)

 
posted by 駿喆咲道 at 00:22 | TrackBack(0) | アイディア | 更新情報をチェックする






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駿喆咲道@suntetusakudou

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1978年生まれ、東京都在住。「人間とは何か、私とは何か」をテーマに、実存と人間関係の悩みに光を注ぐことを使命にしています。尊敬する人は『夜と霧』の著者 V.E.フランクル(ロゴセラピー)です。

私は常に「道」を求めて開発改善に努めています。それゆえ記事の投稿後も何度も推敲を繰り返します。それにより読者に損害が生じることは恐らくありませんので御安心ください。

なお、毒舌、エスプリ、おやじギャグ、スラングなどを用いたり、テキトーな言葉遊びによって人を煙に巻くような話をすることがあります。下ネタを発することもあります。その旨、ご注意ください。


I produced this template on August 29,2017.


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